社長プロフィール

代表 三上光徳のプロフィール

士業集客コンサルタント/公認会計士/税理士

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経営コンサルティング及びシステム開発の会社を立ち上げたきっかけ

商売に興味をもつ

私の両親は寿司店を営んでいます。

物心ついたころには、父は既に自分の店を持っていました。

 

私は1980年生まれなので(俗に言う「松坂世代」)、小学生くらいのときはバブル景気真っ盛りでした。

そのころの父の生活パターンは、平日昼間はゴルフにでかけ(つまり週5でゴルフ!店は従業員が切り盛り)、平日夜と土日は店で寿司を握り、客の相手をするという感じでした。

友人の父親と比較して、自由だし遊んでばっかりだし羨ましいなぁと正直思っていました。

裏にあったであろう苦労など全く知る由もなく(^^;

 

このような環境で育った影響か、いわゆる商売や経営についてなんとなく興味を持っていました。

 

物理学に興味をもつ

その一方、物理学にも興味を持っていました。

 

中学生のころ、担任の先生が、アインシュタインやら相対性理論に関する読み物を渡してくれました。

中学生の私には、さっぱり理解することができませんでした。

けれども、何やら常識的な理解を超えた、ワクワクするような話だということだけは直感していました。

その当時から、正体が一見はっきりとは分からないものに対してワクワクする性格だったのだと思います。

 

高校生で本格的に習いはじめる物理学は非常に面白いものでした。

面白いと感じた要因のひとつに、暗記をしなければいけない事項が非常に少なかったということがあげられます。

問題のパターンは一見様々なれど、その解き方はある一定のパターンに集約されてしまうのです。

赤本(大学入試過去問集)でみた日本の最高学府である東京大学の入試問題でさえその例外ではありませんでした(というかその究極でした)。

 

“一見複雑に見える現象が、突き詰めるとシンプルな一定の法則に集約される。”

そのことに非常に興奮したのを覚えています。

 

大学時代は物理学と会計学を勉強

高校卒業後は、東京工業大学に進学し、理学部物理学科で学びました。

 

1年間の浪人生活を経て、晴れて大学に入学したわけですが、入学早々感じたことは、

“まわりのみんな頭良すぎ(^^;全然ついていけない(^^;”

でした。

 

私は、1年間の浪人生活でそれこそ必至に勉強をし、その結果滑り込みセーフで入学したわけですが、同級生のいわゆる地頭の良さの前に完全に自信を喪失していました。

こりゃ勝ち目ないわと。

 

しかも、大学で勉強する物理学が超ムズかしい。

さらには、物理学の勉強の手前にある数学も超ムズかしい。

 

う~ん、どうしたものか(;^ω^)

 

そんな時、大学の生協に置かれていた「公認会計士」に関するパンフレットに出会います。

ふむふむ、なんかよく分からんが会計とか経済とか経営とかに詳しい人になれるんだなと。

 

よしこれで再起を図ろう!

 

今思えば、公認会計士の受験を完全になめていました。

当時の入試状況だと、合格までに平均3回の受験が必要でした。

しかも、合格をあきらめて脱落していく人も相当数いるので、実態としては数字以上に大変です。

ちなみに、私が合格した2005年度の合格者数は、約1,300人。

 

さらに、会計士受験時代は、それだけに集中できる環境がなかなか整わず非常に苦しい日々でした。

大学とダブルスクールをしていたときは、とにかく時間がありませんでした。

大学では、毎週の実験&レポートに追われ、4年生時には卒論に追われていました。

 

大学を卒業したらしたで、今度は金欠との闘いでした。

当時の一日の食費の目安は130円。一食ではありません、一日です…

朝はバイト、日中は予備校で勉強、夜はバイト、そして食事を摂るのは帰宅後の一食だけという生活は、今思えばよい精神トレーニングでした。

キャッシュ・イン・フローを生み出す力はゼロでしたが、キャッシュ・アウト・フローを抑える力はこの時に身についたと思います。

 

そんなこんなで、3回目の受験にしてやっと合格。

晴れて公認会計士として歩みだすことになります(正確には最初の3年間は会計士補、要は見習い期間です)。

 

大手監査法人で8年間勤務

国内の大手監査法人のひとつである監査法人トーマツに入社し8年間勤めました。

 

6年間はスタッフ職として、まさにチームの手足となって頑張りました。
2年間はマネジャーという管理職で、有名企業・大手企業の責任者と直接的にやり取りをする立場を経験しました。

 

また、クライアントの業種という面では、最初の5年間は一般事業会社の会計監査を担当する部門に所属し、後半3年間は金融機関の監査を行う部門に所属していたので、業種面でも幅広い経験を積むことができました。

 

さらに、提供するサービス面では、多くの公認会計士が会計監査の業務をメインとする中、特に後半3年間は半分以上の時間を企業に対するコンサルティング業務に当てる形となったため、この点でも幅広く経験を積むことができました。

 

起業

監査法人に8年間勤めた後、退職をしました。

とにかく独立して、自分で事業を、自分が思うようにやりたいという思いだけでした。

 

監査法人を退職してから約半年間は、東南アジアを旅行したりしながら、のんびりと個人事業主として過ごしていました。

気分転換を図りつつ、起業のネタ探しをするという感じです。

 

そして2014年9月、株式会社を設立しました。

 

会社立ち上げ後の苦労

事業分野

紆余曲折を経ましたが、現在の主たる事業は大きく分けて以下の3つです。

  • 会計財務をベースとしマーケティングまで含めた経営コンサルティングサービス
  • 経営意思決定をサポートする業務システムの整備と構築
  • 国際会計基準の導入コンサルティングサービス

 

壁にぶつかりまくる、というか壁しかない

実は、起業当初は、根拠のない自信をもっていました。

これまでの人生を振り返ってみても、結構壁にぶつかり、沈んだ時期も多かったものの、何だかんだで乗り越えてきたからです。

 

しかし、起業当初にぶつかった壁がなかなかに手ごわい。

ちょっとだけ具体例をご紹介します。

 

マーケティングはゼロからの勉強

起業以前に勤めていた監査法人トーマツは、グローバルなネットワークをもつ国際的なアカウンティングファームです。

私は、起業後にその名前の大きさをあらためて認識することになります。

 

監査法人時代は、己のスキルの向上のみを考えていればよかった。

会計士として会計知識や業務知識の習得につとめ、とにかく業務を多くこなすことに集中することが重要でした。

専門性を高めることが何よりも優先。

 

が、起業後は違います。

 

他者に自分を知ってもらう方法を全く知らない。。。

 

知人の紹介などで何とか売上は立っていたものの、それは不安定極まりないものでした。

 

そこからは、必死で勉強しました。

本を読む、セミナーや勉強会に参加する、先達に教えを乞う、そして、実践できるものは実践する。

苦労した甲斐あって知識と経験は得ることができました。

 

しかし、変化は常に起こっています。

勉強はこれからも続きます。

 

自分の専門知識と経営がうまく結びつかない

会計でも財務でもシステムでも、最終的に経営という観点と結びつく必要があります。

株式会社が営利を目的として設立されている以上、それは当然です。

 

しかし、最初はそこに非常に大きな壁がありました。

 

会計理論的に何が正しいか、財務論的にどうあるべきか、システム的にどのように構築するのが美しいか。

このような考え方は、間違いであるとは思いませんが、経営への貢献という観点からすると、遠回りな考え方といえます。

 

自らの資金を投入し、キャッシュフローが破たんする恐怖を身近に感じながら自分の会社を経営することで、初めて会計という自らの専門分野と『経営』というものを直接的に結びつけることができるようになったと思います。

 

弊社の強み

弊社の強みは以下の3つに集約されます。

 

将来の事業拡大を見据えたコンサルティング及びシステム整備ができる

会社の事業が拡大した後、その組織はどうなるのか、どうあるべきなのかを想像するのは非常に難しいことです。

自分が勤めたことがある会社であればある程度は分かっているとは思いますが、複数の会社の内部をみる機会はそうあるものではありません。

 

しかし幸いなことに、私は公認会計士として、中小企業から日本を代表する大企業に至るまで数多くの企業を、会計監査やコンサルティングサービスの提供を通じて、間近に見て感じた経験があります。

このように、様々な“企業の形”を具体的に見て感じた経験があるからこそ提供できるサービスが、弊社にはあります。

 

経営におけるキーファクターを抽出し定量化できる

経営に関連する数値は、会計数値のみならず様々なものがあります。

 

経営とは、それらの中でキーとなるものを認識し、定量化し、改善を図っていくプロセスといえます。

つまり、徹底した抽象化プロセスであり、実は物理学に通ずるところが非常に大きいのです。

 

経営者の中にある多くの情報を洗い出し、整理し、経営のキーファクターを抽出します。

そして、それらをデータベースとして整えるサポートを行います。

 

サービス提供にあたっては、必ず社長である私が関与します

実際に経営を行ったことがある経営コンサルタント。

当たり前のようで、そのようなコンサルタントは意外と少なかったりします。

 

また、システム開発事業のような、一定の金額をリスク覚悟で投資しその回収を狙うというようなビジネスを行っているコンサルタント、というのもそう多くはないでしょう。

 

このように、経営者の気持ちをリアリティをもって理解できる、よきパートナーとしてご活用していただけるとありがたいです。

 

私の喜び

経営者のよきパートナーになることを目指しています。

私も経営者の一人として、その孤独は十分に理解しているつもりです。

 

何があろうと経営責任は経営者自身が負うべきものです。

したがって、その責任を私が肩代わりすることはできませんが、それでも相談することのできるパートナーがいることで、心の負荷はだいぶ軽減されるのではないでしょうか。

それは、私自身が経験したことであり、そのために私自身も複数の外部コンサルタントや専門家を相談相手として利用しています。

 

クライアントである経営者のよきパートナーとなり、クライアントとともに私も成長し、さらなる価値を共に生み出し続ける好循環の環境を作り上げることが私の喜びであり、使命であると考えています。

 

【動画】私はこんな感じの人です!

プチ情報

  • 1980年5月15日生まれ。いわゆる「松坂世代」です。ちなみに、5月15日生まれの有名人は、瀬戸内寂聴、美輪明宏、美川憲一etc…なんか濃いです。
  • 岩手県宮古市で生まれ、盛岡市で育ちました。
    高校までは盛岡ですが、大学受験浪人の時代は埼玉に住む叔父の家にお世話になりました。
    大学入学後からは東京に住んでいます。
  • 英語がしゃべれないくせに海外で仕事をしたりしています。そういう意味で、度胸はあります(無謀なだけ???)。
  • 良くも悪くもテキトーです。O型だから?
  • 会計士受験直後に、青春18きっぷで国内を旅行しました。
    カラオケボックスで寝たり、駅で寝たり、なんかフラフラした旅行でしたが、そんなノリが好きです。
  • 以前の会社を退職した直後に1か月間、インドネシア、マレーシア、タイ、カンボジアを1人旅行しました。その時訪れた世界遺産は、ボロブドゥール、プランバナン、マラッカ、ジョージタウン(ペナン島)、アユタヤ、アンコールワット。
    いわゆる観光旅行も好きですが、何の計画も立てずにテキトーに行く旅行も好きです。
  • 海外での失敗談⇒人混みでスリにあう(未遂)、よくある手口に引っ掛かりカツアゲされる、バスに乗ったはいいが全く違う路線のバスだった、降りるはずのバス停をスルー、タクシーで相場の5倍くらいの金額を支払う、アライバルビザを購入したが入国審査官に抜かれる、蚊に刺されすぎてデング熱疑惑、24時間空港だと思っていた空港がそうではなくて深夜に外に放り出されるetc
  • 性格⇒真面目に見えるらしいです。これまで散々失敗を繰り返してきたので打たれ強いです。
  • 意識している言葉⇒「とっととやる!」
  • 好きなモノ⇒束縛されない時間。それと、最近あまりやってませんが渓流釣り(対象魚はヤマメ、釣り方はルアーor盛岡毛鉤)。ゴルフ(好きなプレイヤーは、なんだかんだでタイガー・ウッズ)。競馬も好きです(何度も映像を見返すほど好きなレースは、ホクトベガの96年マイルCS南部杯、サイレンススズカの98年毎日王冠、エルコンドルパサー2着の99年凱旋門賞、グラスワンダーとスペシャルウィークの99年有馬記念、、3強対決の00年ラジオたんぱ杯3歳S、クロフネの01年ジャパンカップダート、ジャングルポケットの01年ジャパンカップ、…書き出すと止まらないので最後に2つ、ヴィクトワールピサの11年ドバイワールドカップ、オルフェーヴルの12年凱旋門賞)。
  • 苦手なモノ⇒自分勝手な人
  • 運⇒良いです。人生の要所要所で尊敬できる方々に出会う運があります。