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三上 光徳

士業の集客を支援するコンサルタント。公認会計士・税理士でもある。 士業のもつ能力を十分に引き出し、それを多くの人に伝えることを日課にしている。⇒詳しいプロフィールはこちら
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先日、私の友人が亡くなりました。

同じ中学、同じ高校に通い、中学時代は野球部でともに汗を流した友人です。

自分自身の今の率直な思いを書き留めておきたいと思います。

 

時間は決して平等なものではない

私の友人は36歳で亡くなりました。

ちなみに私の祖父は100歳で亡くなっています。

いい悪いの話ではありませんが、やはり平等だとは思えません。

私自身も、何となく自分の中で描いている人生プラン(ビジネスプラン)は70歳まであります。

さすがに、36歳で亡くなることは想定していません。

しかし、事実として同級生の彼は亡くなりました。

密度の濃い人生、密度の薄い人生、という考え方はあるでしょうが、やはりいま目の前にある現実をみると、平等ではないと思わざるを得ません。

 

人は色んな面を持ってるし、色んな人生を歩んでいるものだ

友人の葬儀では、4名の関係者が弔辞を述べました。

小学校時代の担任の先生、社会人になってからの友人、中学の同級生、高校の同級生。

皆、それぞれの立場から友人に対して言葉を伝えていました。

そこには、私の知らない部分が多く含まれていました。というか、多くが「あぁ、そういう面もあったんだな」と思うことばかりでした。

そりゃそうです。家族だったりしない限りは、常に一緒にいる訳ではありません。いや、例え家族であったとしても常に一緒にいるわけではありません。

人は、それぞれがそれぞれの人生を歩んでいるし、それぞれの人生からは決して逃れることはできません。

 

人が死ねば悲しむ人はたくさんいる

例えば、自分が死んだときに誰が悲しんでくれるか。

正直、自分の場合は、たくさんの人が悲しんでくれるという自信はありません。少なくとも家族は悲しんでくれるだろうな、というくらいです。

だけど、葬儀に参列してみて、そうでもないかもなとも思いました。

それくらい、人は色んな人のつながりの中で生きているし、人に対する思いってあるものです。

そして、それは時間の経過で小さくなるようなものでもなく、十年、二十年たっても、案外変わらなかったりするものです。

 

親族の悲しみはどれほどか

子供を亡くしたときの親の悲しみは如何ばかりでしょうか。

努めて明るくふるまってはいても、やはり時おり見せる悲しそうな表情は忘れることができません。

これ以上の悲しい表情は私は見たことがありません。

そのような葬儀は何回か参列したことはありますが、いずれも同様でした。

生きることがツライなと思うことは多くありますが、あの表情を思い浮かべるだけで、自分が生きる理由は十分あるなと思います。

 

人はいつかは死ぬのだということが理解できた

私の人生経験においては、叔母の死、祖父母の死、私の実家の寿司店で働いていた従業員の死、いとこの死、など身近な人の死に直面することはありました。

しかし、彼、彼女らは、みな年上で、自分の死というものと必ずしもリンクはしませんでした。

ですが、今回は私の同級生です。

何年後か何十年後かはわかりませんが、自分もいつかは死ぬのだということがリアルに感じられました。

 

最後に会うことができたのは偶然か

友人が亡くなる約3週間前に、私は偶然会うことができました。

私の地元は岩手県盛岡市で友人はそこに住んでいました。私の実家もあります。

今、私は東京に住んでいます。年末年始は帰省しませんでした。

2017年1月21日(土)、私は岩手で仕事があったため、午前中の新幹線で岩手に戻りました。

普段はあまりFacebookに投稿したりはしないのですが、その日はたまたま帰省することをFacebookに投稿しました。

そしたら、友人からコメントが入りました。

「何日いるんだ?」と。

で、その夜、別の友達から電話がきました。

友人は入院していると。しかし、この土日は一時退院していると。状況はかなり厳しいと。

それで、次の日に会いにいくことになりました。友人と話をしたのはそれが最後になりました。

霊能力的なものは全く持ち合わせていないのですが、命が尽きる間際って何か不思議な力が起こるような気がします。

最後に会えて本当によかった。

 

最後はあっけないものだ

こういう言い方をするといやな感じを受ける人もいるかもしれないが、最後はあっけないものです。

そして、誰かが死んだからといって世の中が激変するわけでもなく、今までとほぼ同じ日常が続きます。

何が言いたいかというと、だったら思い切って生きたほうがいいのではないか、ということ。

人は失敗すること、恥をかくことをとても恐れるが、そんなことどーでもいいような気がしてきました。

何を恐れる必要があるのか。人はどうせみな最後は死ぬし、万が一死ぬ間際まで恥が残ったとしても、死ねばそれで終わりじゃないか。

そういえば、スティーブ・ジョブズが「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」みたいな言葉を残していた。

やりたいことにチャレンジしてみよう。恥をかいてみよう。

 

まとめ

文章としてうまくまとめられませんでした。

まだまだ私には大きすぎるテーマでした。

ということで、今日はこのへんで。

 

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